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最高裁判所第一小法廷 昭和43年(行ツ)78号 判決 1969年2月13日

上告人

玉信製粉株式会社

代理人

畔柳達雄

被上告人

小井土哲

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人畔柳達雄の上告理由について。

論旨は、要するに、弁理士法八条二号に違反する訴訟行為は、弁理士の職務規律違反として、同法一七条等による制裁の原因となることはありえても、当該訴訟行為自体の効力には影響がないものと解すべきであり、このことは、とくに、出訴期間の制限を受ける審決取消訴訟の提起行為自体について然りである、と主張する。

よつて検討するのに、弁理士法八条は弁護士法二五条に類似する規定であるが、弁護士法二五条については、同条は弁護士の品位の保持と当事者の保護とを目的とするもので、同条違反の訴訟行為については、相手方たる当事者は、これに異議を述べ、裁判所に対してその行為の排除を求めることができるものと解すべきでおるが、他面、右当事者が、弁護士に同条違反のあることを知りまたは知りうべかりしにかかわらず、なんら異議を述べることなく訴訟手続を進行させ、事実審の口頭弁論を終結させたときは、当該訴訟行為は完全にその効力を生じ、もはや、その無効を主張することは許されないものと解すべきことは、当裁判所の判例とするところである(昭和三五年(オ)第九二四号同三八年一〇月三〇日大法廷判決、民集一七巻九号一二六六頁)。そして、右大法廷判決の事案は、具体的には、弁護士法二五条一号違反の訴訟行為に関するものであるが、その理は同条四号違反の場合にも異なるものでないことは、すでに判例の明示するところである(昭和一年(行ツ)第六一号同四二年三月二三日第一小法廷判決、民集二一巻二号四一九頁)。そして、叙上の弁護士法二五条違反の訴訟行為の効力に関する判例の趣旨とするところは、また、所論弁理士法八条違反の場合についても妥当するものと解すべきである。

これを本件についてみるに、原判決の確定するところによれば、本訴は、上告人から訴訟委任を受けた弁理士清水猛によつて提起されたものであるが、同弁護士は、特許庁に審判官として在任中、昭和三九年六月九日、本訴においてその審決の取消しが求められている当該審判事件について、合議体を構成すべき審判官に指定され、同四〇年三月末日退官するに至るまで、その任にあつたもので、同弁理士は、けつきよく、本件審決自体には関与しなかつたにせよ、前記期間中、右審判事件の主任審判官として審理に関与し、現実にその職務を行なつていたものであつて、相手方たる被上告人において、同弁理士の違反行為に異議を述べ、終始その効力を争つている、というのである。

したがつて、本訴の提起は、弁理士清水猛が、弁理士法八条二号の規定により「特許庁ニ在職中取扱ヒタル事件」についてはその業務を行なうことを禁ぜられているにもかかわらず、あえて右の規定に違反してしたもので、被上告人において異講を述べている以上、これを無効と解するのほかなく、上告人の本訴を不適法として却下した原審の判断は正当である。

原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(大隅健一郎 入江俊郎 長部謹吾 松田二郎 岩田誠)

上告代理人の上告理由

原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令解釈の誤りがある。

一、本件訴の提起行為は、弁理士法第八条第二号にいう弁理士によつてなされたものである。かかる訴の提起行為の効力について、原判決は「弁理士法第八条第二号の規定の趣旨とするところは、一つには弁理士の同条違反の行為を禁止することによつて、相手方当事者の利益保護を図るにあると解されるから、同条違反の訴訟行為は、相手方当事者がこれに異議を述べることなく訴訟手続を進行させた場合に限り有効と解すべきところ、被告に異議のある本件訴の提起は弁理士法第八条第二号に違反する無効のもののいわざるを得ない。」と判断する。

二、同法条制定の趣旨の一つが相手方保護にあることは原判決のいうとおりである。しかし、それだからといつて、「被告に異議のある本件訴の提起は弁理士法第八条第二号に違反する無効のもの」とするのは、誤りである。蓋し、弁理士法第八条は、弁理士の遵守すべき職務規定にとどまり、その違背があれば職務規律違反として、弁理士法第一七条等により制裁を加えられることはあつても訴訟法上の行為には何ら影響がないものだからである。訴訟行為の効力は、当該行為に即して実質的見地から判断されるべきものである。

本件で問題になつているのは、特許庁のなした無効審決に対する審決取消訴訟における訴訟提起行為の効力であり、いわゆる攻撃防禦方法にかかる訴訟行為の効力ではない。しかして、後者はともかく、前者は一定の要式行為であり(すなわち特許庁における原審決の存在を前提としてその取消しを裁判所に求めることを中心とする)代理人が誰であるかにより、―その表現の巧拙は別として―その内容に消長をきたす余地すらない。

したがつて、この過程では、実質的にみても相手方の利益は何ら害されておらず、当該訴訟行為を無効とすべき根拠はないというべきである。

三、仮に原判決の立場を是認するとしても、本件のごとき事案の場合、果して原判決のいうように訴訟提起行為を無効としなければ、相手方当事者の利益保護を図れないものだろうか。極めて疑問である。

いうまでもなく、本件訴訟には三〇日間という出訴期間の制限がある。そのため、多くの民事訴訟とは異なり再訴の提起は事実上不可能である。しかも、当該訴訟における代理人の適格性の点を除けば委任者の訴訟委任行為は勿論、訴状の形式などについてもまた何らの瑕疵は存しない。

確かに相手方の利益は十分に、守らるべきである。しかし、それは過保護である必要はない。先にも述べたように、訴訟提起行為自体は一定の要式を踏む無色の行為であるということを考慮するならば、また事実上再訴の機会を奪われているという事実に着目するならば、訴訟提起行為は完全に有効と考え、爾後の訴訟手続に関与することを排除すれば、相手方の保護は全うされる筈である。しかして、本件においては被告の異議により自発的に訴訟代理人を辞任しているのであるから、相手方の利益は完全に擁護されているのである。

のみならず、若し原判決のいうとおりだとすれば、最大の被害を蒙るのは特許権者である上告人である。先にも述べたように本件訴訟には出訴期間の制限があり、既にその期間を過ぎた今日においては、上告人の権利を救済するための術は完全に失われている。原判決の結論は相手方の保護に名を藉りて、一方に苛酷を強いるものであり、明らかに正義に反する。

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